大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)812号 判決 1978年5月02日

控訴人 鈴木理恵

右訴訟代理人弁護士 清水正憲

控訴人補助参加人 株式会社マツミヤ

右代表者代表取締役 松宮静夫

右訴訟代理人弁護士 田畑源一

被控訴人 東大阪信用金庫

右代表者代表理事 保山常吉

右訴訟代理人弁護士 村上充昭

主文

原判決を左の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し金六〇〇万円およびこれに対する昭和四八年四月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む)は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、第一次的に、金六三五万一〇〇〇円およびこれに対する昭和四九年四月二六日から支払ずみまで年三パーセントの割合による金員を支払え。第二次的に、金六〇〇万円およびこれに対する昭和四八年四月二六日から支払ずみまで年六分(不法行為の場合は年五分)の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、被控訴代理人において、「昭和四八年四月控訴人は、夫鈴木定平所有の土地の売却を松宮に委任し、この委任に基づき松宮は阪本甚三郎にこの土地の売却を斡旋し、右代金六〇〇万円を阪本より受領したから、松宮は右六〇〇万円を控訴人に引渡す債務を負担している。控訴人主張の小切手は、右債務の支払のために振出されたものにすぎないから、控訴人はたとえ右小切手上の権利を失っても松宮に対する前記債権は依然として残存している。従って、松宮に資力があるかぎり控訴人は何らの損害がない筋合である。しかるに、控訴人は、小切手を被控訴人に交付後一ヶ月経ってから、松宮に本件小切手金より入金してなされる定期預金の証書のことを催促し、松宮から心配するなとの返事を受けたものの、その後電話で七、八回催促しただけで徒らに日を過ごし、約一年後に到って松宮の経営する会社が倒産し、会社倒産後六ヶ月経過した昭和四九年一一月に至り初めて被控訴人金庫の前理事長をその私宅に訪れて、定期預金の件がどうなっているのか調べてほしいと申し入れただけで、被控訴人金庫やその支店次長村瀬に対し本訴提起に到るまで何の請求や苦情を申し述べていない。一方、松宮は、本件小切手が被控訴人金庫に交付された日の翌日には既に小切手の支払場所である関西相互銀行高安支店の当座を解約している。以上の事実によれば、控訴人の損害は、本件小切手上の権利を失ったことによって生じたものでなく、松宮が倒産したため生じたものであるというべきであるから、被控訴人金庫は控訴人の本件損害賠償請求に応ぜられない。」と述べ、補助参加人代理人は、「松宮は村瀬から本件小切手の返還を受けていない。」と述べ、控訴代理人において関西相互銀行高安支店に対する調査嘱託の結果を援用したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

事実関係に関する判断は、損害の発生および村瀬の行為と損害との因果関係の点を除き、原審の判断と同一であるから、原判決理由中右該当部分(原判決四枚目裏二行目より六枚目裏九行目まで、ただし、同五枚目表三行目括弧内末尾に「、その商号は、正確には株式会社丸宮建設かも知れない・当審における関西相互銀行高安支店に対する調査嘱託の結果参照」を加え、同五枚目裏四、五行目括弧内末尾に「控訴人の補助参加人は右事実を争うが、その効はない―民訴法六九条二項」を加える)を引用する。

以上認定事実によれば、控訴人と被控訴人金庫との間に控訴人主張の定期預金契約が成立したとはいえないことは明らかである。控訴人はさらに、定期預金契約成立のための停止条件を被控訴人金庫が妨げたから条件成就とみなすべきであるというが、後段認定のように、金融機関の職員が取立のために預った小切手を取立をなすことなく勝手にその債務者に返してしまうなどということは通常は考えられないことであって、被控訴人金庫の行為として有効に成立するものとはいえないから、それが被控訴人金庫の行為として成立することを前提とした控訴人の右主張は採用できない。よって、控訴人の第一次請求は理由がない。

次に、控訴人の第二次的請求中小切手の寄託契約上の債務不履行を理由とする請求も、村瀬の小切手の返還が被控訴人金庫の行為として成立したことを前提とするから、前同様の理由により認容できない。

次に、民法七一五条による控訴人の請求について判断する。

前認定の事実関係のほか、《証拠省略》によれば、控訴人は当時七〇歳に近い老婦人であって、多額の金銭の取扱いについては馴れているとは思えないこと、松宮静夫は、被控訴人金庫長瀬支店次長村瀬敏夫とは三年前同支店との取引を始めて以来の知り合いであること、松宮は控訴人に対し、控訴人が松宮を通じて売却した土地の代金であって松宮より控訴人に引渡すべき六〇〇万円を有利な定期預金にすることをすすめ、懇意な村瀬をしてしかるべく取計らせるからといって被控訴人金庫長瀬支店に同道し、同支店のカウンターでなく、奥の応接コーナーで控訴人を村瀬に引合せたことが認められる。以上の事実を総合すれば、村瀬は、松宮と控訴人との関係を十分諒知し、松宮が土地の買主より現実に入手した六〇〇万円を控訴人に引渡すにつきこれを被控訴人金庫の定期預金とする事務手続上の世話をするためこれに付添って来たものにすぎず、本件の小切手の債務者関係の者でこそあれ、これに対し何の権利も有しない者であることはわかっていたものといわなければならない。原審証人村瀬敏夫の証言中にこれを裏付ける部分がある。そうであれば、村瀬としては、松宮がいかなる言辞を構えようとも、控訴人のいないところで本件小切手を返してくれといわれたからといって控訴人の意思を確かめることなく松宮にこれを返却するなどということは、およそ金融機関の職員としてあるまじき行為である。松宮の行為は、控訴人に対する関係においては詐欺に類する行為ともいうべきものであるが、村瀬は金融機関の支店次長の職を勤める者である以上松宮の行為の持つ右のような経済的意味がわからなかったとは到底いい切れないであろう。村瀬の松宮に対する本件小切手返却行為は、被控訴人金庫としては事の性質上正式にそのような措置をとるはずはなく村瀬が勝手になした行為であるが、それでも村瀬がその職務執行に当ってなした行為には該当するというべきであり、これにより控訴人に損害が生ずる限り、控訴人に対する不法行為として村瀬の使用者である被控訴人金庫は右損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

そこで右小切手返却行為により控訴人に損害が生じたか否かについて判断する。

本件小切手の支払銀行と見られる株式会社関西相互銀行高安支店における株式会社丸宮建設の当座勘定元帳写し(当審における調査嘱託の結果。なお右調査嘱託の結果によれば、松宮静夫ないしその関係会社との取引は前記だけであることが認められる)によれば、昭和四八年四月二一日に六〇〇万円の入金がなされたが同月二三日までにその大部分が出金され、同月二五日四〇〇万円入金、同日同額出金、同月二六日七〇〇万円入金同日同額出金、同月二七日残金二六万余円を出金して同日解約となっていることが認められる。被控訴人金庫はこの解約の事実をとらえて、かりに村瀬が本件小切手を松宮に返却することなく、支払銀行に呈示したとしても不渡りとなったであろうと論ずるが、それは原因と結果を取り違えた議論であって、松宮としては、同月二六日被控訴人金庫より本件小切手の取り戻しに成功しなかったならば、これが呈示されて小切手の不渡りを招来し、ひいては自己の経営する会社の倒産となるわけであるから、それを避けるためには同日出金した七〇〇万円を出金せず、かつ翌二七日の解約もしなかったであろう。松宮のもう一つの取引銀行である東大阪信用金庫(被控訴人)長瀬支店における株式会社マツミヤの当座勘定元帳(乙第三号証の一ないし四)によれば、同月二六日の当座残高は八二万余円ではあるが、同月二八日には七〇〇万円、五〇〇万円、一〇〇万円の三口が入金となり、それが十数口に分かれて出金されているが同年五月一日にはまた六〇〇万円入金となっており、その後も同程度の入出金が繰り返へされて、銀行取引停止処分を受けたのは昭和四九年五月八日であることが認められるから、この程度に資金運用能力のある松宮が昭和四八年四月の段階においては銀行取引停止処分を招来する小切手の不渡りを防止しないとは考えられない。本件の小切手は、松宮が土地の買主鈴木定平より入手したばかりの六〇〇万円を裏付けとして振出されたところのもの、即ち資金の現実的裏付けのある最も固い小切手であることに留意しなければならない。要するに松宮は、誤魔化し易すかった鈴木理恵を利用して自己の他の債務関係の資金繰りを容易にしたというだけであって、鈴木理恵が利用できなければ次順位の者にその皺寄せをするかもしれないが、松宮の現実の倒産はそれから一年後であることに徴すると、資金の裏付けのあるこの小切手を不渡にするとは到底想定できないといわなければならない。従って、村瀬がもし松宮にこの小切手を返却していなければ小切手は無事に支払われて控訴人は六〇〇万円を入手していたであろうと判断するのが相当である。被控訴人金庫は、本件小切手は単に松宮の控訴人に対する六〇〇万円の債務の支払手段にすぎず、控訴人の松宮に対する債権が残存しているから控訴人には損害が生じていないと論ずるが、銀行取引停止処分の脅威をもってその支払を強制しうる小切手を所持しているのと、これを所持せず、債務の支払を求める訴訟を提起して債務名義を取得し強制執行を経て漸く満足し得るのでは、その立場において格段の相違があり、後者の手段によっては一年後に倒産した松宮からその倒産前に現実の満足を得ることは前認定のような控訴人の立場としては至難であったというべきである。よって、本件の事実関係の下においては、控訴人は本件小切手を所持していてこそその債権の満足を受け得、これを失っては満足を受け得ない事実上の関係にあったというべきであるから、控訴人は、村瀬が松宮に本件小切手を返却した行為により、右小切手金額に相当する六〇〇万円の損害を受けたものというべきである。

そうであれば、被控訴人金庫に対し、金六〇〇万円と右不法行為の日である昭和四八年四月二六日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は正当である。

よって、原判決を主文第一ないし第三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九四条、九五条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂井芳雄 判事 乾達彦 富沢達)

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